イッカボッグ・訳 by どら雲

JKローリング「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲:第64章

イッカボグ

 

本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。

本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。

(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。

「イッカボッグ」第六十四章:コルヌコピア・ふたたび

昔々あるところに、コルヌコピアという小さな国がありました。国は、新しく就任した相談役のチームと総理大臣が治めていました。その時の総理大臣の名前は、ゴードン・グッドフェローといいました。

コルヌコピアの国民に選ばれたグッドフェロー総理は、とても誠実な人でした。コルヌコピアの人々は、真実の大切さを身にしみてわかっていたのです。グッドフェロー総理がエスランダ令嬢との結婚を発表したときには、国中がお祝いをしました。エスランダ令嬢は、優しくて勇敢な女性で、スピトルワース公に関する重要な証言もしました。

幸せな小さな国を破滅と不幸に追いやった王様と、主任相談役、そしてスピトルワースの嘘に乗って得をした人たち、グランターばあさん、いじめっ子ジョン、召使のキャンカビー、オットー・スクランブルなどは、みんな、裁判にかけられました。

王様は、尋問の間、ずっと泣きべそをかいていましたが、スピトルワース公は、冷酷で誇らしげな様子で、もっとたくさんの嘘をつき、もっとたくさんの人たちに罪をなすりつけようとしたので、ただ泣いてばかりいたフレッドよりも、もっと重い罪になりました。ふたりは、他の囚人たちと同じように、宮殿の地下にある牢獄に閉じ込められました。

スピトルワースが、バートとロデリックに撃ち殺されればよかったのに、と思うのも無理はありません。スピトルワースのせいで、たくさんの人たちが命を亡くすことになったのですから。けれども、スピトルワースにとっては、来る日も来る日も牢屋の中で、質素な食事をして、寝心地の悪いベッドで眠って、何時間もフレッドの泣き声を聞かされるほうが、死んでしまうよりずっと辛いことだったのです。

スピトルワースとフラプーンが盗んだ金貨は戻ってきました。そしてチーズや焼き菓子のお店、牧場や豚農場、お肉屋さんやワイン醸造所を失くしてしまった人たちは、もう一度、立て直すことができました。そしてまたコルヌコピア名物の食べ物やワインの生産が始まったのです。

けれども、コルヌコピアが長い間貧しかったせいで、たくさんの人たちは、チーズや、ソーセージ、ワイン、そして焼き菓子を作る技術を身に付ける機会がありませんでした。そういう人たちの中には、図書館員になる人がいました。エスランダ令嬢が、今では使われなくなった孤児院を図書館に改造しようと提案して、たくさんの本を揃える手伝いもしてくれたからです。それでも、まだ多くの人たちが、仕事を見つけられないままでした。

そういう事情から出来あがったのが、コルヌコピア五番目の街でした。その街はイッカビーという名前で、クルズブルグとジェロボームの間、フルーマ川の土手にありました。

仕事がない人たちのことを聞いて、二番目のイッカボッグルが、キノコ栽培を教えましょうかと恐る恐る提案したのです。キノコのことは、とてもよく知っていました。そしてキノコ農場は大成功となり、そのあたりに、豊かな街が出来上がったというわけです。

キノコはあまり好きじゃないという人もいるかもしれませんね、でもイッカビーのクリーミーなキノコスープを一度食べたら、きっと大好物になることでしょう。クルズブルグとバロンスタウンでは、イッカビーのキノコを使った新しいレシピが開発されました。それがとっても美味しいので、グッドフェロー総理がエスランダ令嬢と結婚する少し前、となりの国、プルリタニアの王様が、娘の一人を嫁にやるかわりに、一年分のポークとキノコのソーセージをくださいと言ってきたほどです。グッドフェロー総理は、ソーセージを王様に贈呈し、いっしょに自分たちの結婚式の招待状も送りました。エスランダ令嬢は、ポルフィリオ王に宛てて書き添えました、食べ物と引き換えに娘を差し出すようなことはやめて、娘たちには、それぞれ好きな結婚相手を選ばせてあげてくださいと。

イッカビーの街は他の街とは違っていました。ショーヴィル、クルズブルグ、バロンスタウン、そしてジェロボームの街は、ひとつの名産品で有名でしたが、イッカビーには三つの名産品があったからです。

ひとつ目は、一粒一粒が真珠のように美しいキノコです。

ふたつ目は、フルーマ川で獲れる見事なシルバーサーモンとマスです。そしてイッカビーの街の広場には、あのフルーマ川の魚専門家だった老婆の記念像が誇らしげに立っていました。

みっつ目は、イッカビーで生産されているウールです。

グッドフェロー総理は、長い間の飢餓を生き延びた数少ないマーシュランダーたちが、北部よりももっと良質の牧草がある場所で羊を放牧できるようにと考えたのです。フルーマ川の土手にある豊かな牧草地を与えられたマーシュランダーたちは、その才能を発揮しました。コルヌコピアのウールは、世界一柔らかくて、絹のようにすべすべのウールになったのです。そこで作られるセーターや靴下、スカーフは、どこよりも美しく、心地のいいものでした。ヘティー・ホプキンスは家族で羊牧場を営み、高品質のウールを生産していました。でも、イッカビーのはずれにある大繁盛の牧場を営むロデリックとマーサ・ローチのウールにかなうものはありませんでした。そうです。ロデリックとマーサは結婚して、子供も五人生まれて、とても幸せに暮らしていました。ロデリックは、ほんの少し、マーシュランダーの訛りで話すようになっていました。

そしてあとふたり、結婚した人がいます。牢獄を出たあと、もう隣合わせに暮らすこともなくなったのですが、古くからの友人だったビーミッシュ夫人とダブテイルさんは、お互いが、なくてはならない存在だと気づきました。それで、バートが花婿付き添い、デイジーが花嫁介添え人となって、大工さんと菓子職人さんは、結婚したのです。そして、それまでずっと兄弟のように感じていたバートとデイジーは、正真正銘の家族になりました。ビーミッシュ夫人はショーヴィルの街の真ん中で立派な焼き菓子のお店を始めました。そこで、「妖精のゆりかご」、「乙女の夢」、「貴族の喜び」、「気まぐれな空想」、「天国の願い」、そして新製品の「イッカパフ」を作りました。イッカパフは、軽くてふわふわの焼き菓子で、上から、沼地の草に覆われたように、ペパーミントチョコレートの粉が振ってありました。

バートはお父さんと同じ道を選び、コルヌコピアの軍隊に入りました。正義感が強くて勇敢なバートは、いつの日か、軍のリーダーになることでしょう。

デイジーは、世界一権威あるイッカボッグ専門家になり、イッカボッグの習性について何冊も本を書きました。デイジーのおかげで、イッカボッグは、コルヌコピアの人々に守られ愛される存在になったのです。空いた時間にデイジーは、お父さんといっしょに人気のある木工所の経営もしていました。人気商品のひとつは、おもちゃのイッカボッグでした。二番目に生まれたイッカボッグルは、デイジーの作業場のすぐ近くにある、かつては王様の鹿公園だった場所で暮らしていました。ふたりは、ずっと仲のいい友達でした。

ショーヴィルの中心には、博物館が建てられて、毎年、たくさんの見物客が訪れました。この博物館は、グッドフェロー総理と相談役によって設立され、デイジー、バート、マーサ、そしてロデリックも色々と協力しました。スピトルワースの嘘を信じたせいで、国が何年もの間どのようなことになったかを、この先、コルヌコピアの人々が、決して忘れてしまわないようにするためです。そこに展示されていたのは、フラプーンの弾丸が食い込んだままのビーミッシュ少佐のメダルや、ショーヴィルの大広場に置かれていたノビー・ボタンの像。その広場には、かわりにイッカボッグの像が置かれました。スノードロップの花束を抱えてマーシュランドを出発し、イッカボッグと国の両方を救った、あの勇敢なイッカボッグです。そのほかにも、スピトルワースが作らせた、雄牛の骨と釘でできたイッカボッグのニセ剥製や、画家が想像力を駆使して描いた龍のようなイッカボッグがフレッド王と戦っている巨大な絵画も展示されていました。

さてここで、まだお話していないことがありましたね。最初に生まれたイッカボッグルのことです。フラプーン公を殺し、最後に見た時には、大勢の力持ちに引きずられて連れていかれたあの凶暴な生き物です。

本当のところ、この生き物には手を焼いていました。デイジーはみんなに、凶暴なイッカボッグルを攻撃したり荒っぽく扱ったりしてはいけないと説明していました。そんなことをすれば、今以上に人間を憎むようになるからです。そして、次に生まれ来るイッカボッグルたちは、もっと凶暴になります。そうなると、スピトルワースの嘘が作り上げたような危ない現象が、本当にコルヌコピアに起こってしまうかもしれません。

はじめ、このイッカボッグルは、人に害を与えないように、頑丈な檻に入れられていました。とても危険だったので、キノコを与える役をかって出る人もなかなかいませんでした。このイッカボッグルが、少しでも好意を持っていた人間は、バートとロデリックだけでした。ふたりは、生まれ来る時、イッカーを守ろうとしていた人間だったからです。でも、残念なことに、バートは軍隊で遠く離れたところにいましたし、ロデリックは羊牧場の経営で手一杯でした。ふたりとも、一日中凶暴なイッカボッグルのそばにいて、なだめるような暇はありませんでした。

けれどついにある時、この問題は、思わぬところから解決されることになりました。それまでの間、フレッドは、地下の牢獄で、ずっと泣いてばかりいました。身勝手で見栄っ張りで臆病な王様だったことに間違いないのですが、フレッドは人々を苦しめるつもりはなかったのです。でも実際にはとんでもなく苦しめることになってしまいました。王の座を失ってから丸一年の間、フレッドは底知れぬ絶望を味わっていました。宮殿でなく牢獄という場所にいたからという理由ももちろんあるのですが、それよりも、自分のしたことを、深く恥じていたのです。

フレッドは、自分がどれほどひどい王様だったか、どれほどひどい行いをしていたかを反省し、もっと立派な人になりたいと心から望んでいたのです。そしてある日のこと、フレッドは、凶暴なイッカボッグの世話役になりたいと、牢獄の看守に申し出たのです。それを聞いて、お向かいの牢屋でふてくされていたスピトルワースは驚きました。

けれどフレッドはその通りのことをしました。はじめての朝、だけでなくそれから何日も、顔面蒼白で膝ががくがく震えましたが、元王様は凶暴なイッカボッグの檻に入り、話しかけたのです。コルヌコピアのこと、自分が犯したひどい間違いのこと、そしてその気になれば、もっと立派で優しい人になることができるんだということ。毎日夜になると自分は牢獄に戻らなければなりませんでしたが、フレッドは、イッカボッグが檻の中でなく、清々しい野原で過ごせるようにしてほしいと願い出ました。そして驚いたことに、その案はとても効果があったのです。イッカボッグルはその次の朝、しわがれ声で、フレッドにありがとうと言ったのです。

少しずつ少しずつ、何ヵ月も何年も過ぎていく間に、フレッドは強くなっていき、イッカボッグは温和になっていきました。そしてフレッドがすっかりおじいさんになったころ、イッカボッグの「生まれ来る」の時が来ました。もぞもぞと出てきたイッカボッグル達は、優しくて温和な性格でした。兄弟のように思っていたイッカーが死んでいくのを、フレッドは大変悲しみました、そしてそれから少したって、フレッドも死んでいったのです。コルヌコピアのどの街にも、最後の王様の像が建てられることはありませんでしたが、時々、フレッドのお墓には花束が供えられました。それを見たらフレッドはきっと喜んだことでしょう。

人間がイッカボッグから生まれ来たのかどうか、それはわかりません。わたしたちが、良くも悪くも変化する時、それはある意味、生まれ来る、なのかもしれませんね。そしてわかったことは、どんな国でも、イッカボッグと同じように、親切にされることで温和になれるのだということです。コルヌコピアの国が、その後もずっと幸せに暮らすことができたように。

 

洞窟の中

 

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