本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第三十九章:バートとイッカボッグ特別防御軍
さて、話はショーヴィルの街に戻ります。ショーヴィルでは今、大変なことが起ころうとしていました。
覚えていますか?
ビーミッシュ少佐のお葬式の日、家に帰ったバートが、イッカボッグのおもちゃを、火かき棒で、思いっきり叩きつぶしたこと、そして、大きくなったらイッカボッグを探し出して、お父さんを殺した怪物に復讐するんだと誓ったことを。
バートはもうすぐ15歳になります。まだまだ子供だと思うかもしれませんが、その頃は、15歳でも兵士になれたのです。バートは、軍が兵士の数を増やしていると聞きました。そこで、ある月曜日の朝、いつもの時間に家を出ると、教科書を庭の茂みに隠して、学校ではなく、宮殿へと向かったのです。お母さんには内緒で軍隊に志願するためでした。シャツの下には、お父さんが、イッカボッグと勇敢に戦った印として贈られた銀のメダルを、お守りとしてつけていました。
家を出るとすぐ、通りの先で、何やら騒ぎが起こっていました。小さな人だかりが、郵便馬車を囲んでいたのです。でも、バートは、ローチ少佐に聞かれる質問にどう答えればいいかで頭がいっぱいだったので、郵便馬車には気もとめずに、通り過ぎました。
この郵便馬車がきっかけで、バートがとても危険な冒険に出ることになるなんて、この時には思いもよりませんでした。
バートが宮殿に向かって歩いている間に、ちょっとこの馬車のことについてお話しておきましょう。
以前、エスランダ令嬢が王様に、イッカボッグ税が高すぎると人々が文句を言っていると話して以来、スピトルワースとフラプーンは、都の外のことが王様の耳に入らないようにと手を打ったのです。
ショーヴィルは、ずっと裕福で栄えていましたから、都から一歩も出なくなった王様は、国全部がそうだと思い込んでいました。実際のところ、ふたりの公爵とローチが人々からたくさんの金貨を取り上げてしまったので、ショーヴィル以外の街は、乞食で溢れかえり、たくさんの店はつぶれてしまっていたのです。
王様に決してそのことを知られまいと、スピトルワースは、盗賊を使って、ショーヴィルに届く郵便を全部止めさせたのです。そのことを知っていたのは、盗賊を雇ったローチ少佐と、衛兵室の外で作戦を立ち聞きしていた召使のキャンカビーだけでした。
スピトルワースの作戦は、ずっとうまくいっていたのですが、この日、夜明け前に、盗賊がしくじってしまったのです。いつものように馬車を待ち伏せして襲い、騎手を引きずり出して、郵便の入った袋を盗もうとしたとき、驚いた馬が猛スピードで走り出したのです。盗賊が銃をぶっぱなすと、馬はもっと恐れて、もっと早く走り去ったのでした。郵便馬車は、ショーヴィルの街を走り抜け、「街中の街」に入っていきました。そこでようやく、鍛冶屋が、手綱をつかんで、馬を止めたのでした。
北部にいる家族からの手紙を心待ちにしていた王様の使用人たちは、手紙を受け取って封を切りました。どんな手紙が届いたのかは、またあとでお話しましょう。そろそろバートが、宮殿の入り口に到着する頃です。
「すみません、」バートが衛兵に呼びかけました、「イッカボッグ特別防御軍に入りたいのですが。」
衛兵は、バートの名前を書きとると、そこで待つようにと言って、ローチ少佐のもとへ向かいました。けれども、その兵士は、衛兵室の外で立ち止まってしまいました。怒鳴り声が聞こえたからです。扉を叩くと、とたんに声が静まりました。
「入れ!」ローチが怒鳴りました。
衛兵が中に入ると、そこには3人の男がいました。
カンカンに怒ったローチ少佐と、縞模様の部屋着のまま真っ赤な顔をしたフラプーン公爵、そして召使のキャンカビー。
キャンカビーは、その朝、仕事に向かう道で、いつものように「ついつい」郵便馬車が走ってくるのを見てしまったのです。そして盗賊の手を逃れて、郵便が届いてしまったことを、大急ぎでフラプーンに報告しに来たのでした。
知らせを聞いたフラプーンは、あわてて二階の寝室を飛び出し、衛兵室に駆け込むと、盗賊の失敗を、ローチのせいにしました。そして怒鳴り合いが始まったのです。スピトルワースは、グランターばあさんのところに調査に出かけていました。戻ってきて事件を知ったら大変なことになります。ふたりとも、責任のがれをするのに必死でした。
「少佐、」敬礼をして、兵士が言いました、「入口に、バート・ビーミッシュという名の男の子が来ております。イッカボッグ特別防御軍に志願したいとのことです。」
「追っ払え、」フラプーンが声を上げました、「取り込み中だ!」
「ビーミッシュの息子を追っ払うわけにはいきませんぞ!」ローチが怒鳴りました。
「すぐにここへ連れてこい。キャンカビー、お前は出てくれ!」
「ご褒美を、」キャンカビーがぼそぼそと言いました、「いただけるものかとー」
「どんな間抜けでも郵便馬車が突っ走っていけば目に留まるではないか!」フラプーンが言いました。「褒美がほしければ、飛び乗って、馬車を街の外に連れ戻すくらいのことをしたまえ!」
召使いは、がっかりして出て行き、衛兵は、バートを呼びに出て行きました。
「なぜそんな少年にかまうのだ?」ふたりになると、フラプーンがローチを問い詰めました、「郵便の件をなんとかするほうが先ではないか!」
「ただの少年ではないのです、」ローチが言いました。「国民の英雄の息子です。ビーミッシュ少佐を覚えておられるかな、公爵、あなたが撃ち殺した・・」
「わかったわかった、それ以上言うな、」フラプーンは苛立っていました。「そのおかげでお前も金儲けができたではないか。それでその息子は何が目的なのだ、金か?」
ローチ少佐が答えようとしたところに、バートが入ってきました。緊張と期待でいっぱいの様子です。
「おはよう、ビーミッシュ君、どういった用件かね?」ローチ少佐が声をかけました、バートはロデリックとずっと友達だったので、少佐もずいぶん前からバートのことを知っていました。
「少佐、お願いです、」バートが言いました、「イッカボッグ特別防御軍に入れて頂きたいのです。もっと兵士が必要だと聞きました。」
「なるほど、」ローチ少佐が言いました、「なぜ軍に入りたいのだ?」
「父を殺した怪物を、この手で殺したいのです。」バートが答えました。
ローチ少佐は言葉につまりました、こんな時、スピトルワースのように嘘や言い訳を上手に思い付くことができればいいのにと思っていました。助けを求めてフラプーンを見ると、フラプーンも、困ったことになったという顔をしていましたが、うまい言葉は出てきません。
本気でイッカボッグをやっつけたいと思っているような人が、イッカボッグ特別防御軍に入ってきては大変困るのです。
「試験があるぞ、」時間を稼ごうとしてローチが言いました。「誰でも入れるわけではないからな、馬には乗れるか?」
「はい、乗れます、」バートは素直に答えました、「独学です。」
「剣は使えるか?」
「すぐに使えるようになると思います、」バートが答えました。
「銃は?」
「はい、ずっと遠くの瓶に命中させることができます!」
「そうか、」ローチがうなづきました。「よかろう、しかしな、ビーミッシュ、ひとつ’問題がある、それはな、その問題は、実はお前は少しー」
「頭が悪すぎるのだ、」フラプーンが意地悪く口をはさみました。さっさとこの少年を追い払って、郵便馬車事件について話し合わなければと思っていたからです。
バートの顔がまっかになりました。「な、なんて?」
「お前の先生から聞いたのだ、」フラプーンは嘘をつきました。学校の先生と話しをしたことなど一度もありません。
「ちょっと間抜けだと。兵士以外の仕事なら差支えないのだろうが、戦場に間抜けがいては危険だからな。」
「僕の、僕の成績はそれほど悪くありません、」かわいそうに、バートは声を震わせて言いました、「モンク先生にそんなこと言われたことありません、先生、僕にはそんなことー、」
「お前に言うわけがないだろう、」フラプーンが言いました。「あんな優しい先生が、間抜けに面と向かって間抜けと言うなんて、それこそ間抜けにしか思いつかないことだ。お前の母親のように菓子職人になればいいのだ、悪いことは言わん、イッカボッグのことは忘れなさい。」
涙があふれてくるのを必死でおさえながら、バートは言いました、「少佐、僕が・・僕が間抜けなんかじゃないことを、証明させてください。」
ローチはフラプーンのように意地悪な言い方はしませんでしたが、バートが軍に入ることだけは避ける必要がありました。
「すまないな、ビーミッシュ。だが、君は兵士には向いていないように思う。でもフラプーン公爵が言ったようにー」
「お時間を頂いてありがとうございました、少佐、」バートは慌ただしくいいました、「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。」
そういうと、深くお辞儀をして、衛兵室を出ました。
外へ出ると、バートは、いちもくさんに走りました。自分がちっぽけで恥ずかしくてたまりませんでした。学校へなんか行きたくない。先生が自分のことをそんな風に思っていたなんて。
お母さんはもう仕事に出かけているはずだと思って、バートは家を目指してずっと走り続けました。途中、手に手紙を持った人々が、道端で固まって話していましたが、気にもとめませんでした。
家に着くと、お母さんはまだ台所にいて、手に持った手紙をじっと見つめていました。
「バート!」息子が突然現れたのでびっくりして言いました、「どうしたの?」
「歯が痛いんだ。」バートはごまかしました。
「あら、かわいそうに・・・ねえバート、いとこのハロルドから手紙が届いたの、」ビーミッシュ夫人が手紙を見せて言いました。
「居酒屋を閉めないといけないかもしれないって、ハロルドが立ち上げたあの立派なお店がよ、王様のところで働けるように仕事を紹介してもらえないかって言うのよ、いったい何があったのかしら。ハロルドも家族もみんな食べることもできなくなってきているって。」
「イッカボッグのせいだろ?」バートが言いました、「ジェロボームは、マーシュランドに一番近い街だよ。きっとみんな怪物が怖くて、夜に居酒屋に出かけなくなったんだよ。」
「そうね、」ビーミッシュ夫人が心配そうに言いました、「きっとそうなんだわ・・あらもうこんな時間、仕事に遅れるわ!」いとこのハロルドから届いた手紙をテーブルに置くと、ビーミッシュ夫人は、「クローブ油を歯に塗っておきなさい。」そう言って、急ぎ足で出かけて行きました。
お母さんが出かけてしまうと、バートは部屋に入り、ベッドにうつぶせて泣きました。激怒と失望の涙でした。
一方、不安と怒りは、都中に広まっていきました。ショーヴィルの人々が、とうとう知ってしまったのです、北部の親戚たちが、貧しくて、家も食べ物もなくしてしまったことを。
その夜、街に戻ったスピトルワース公爵は、とんでもない問題が沸き起こっていることを知るのでした。