本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第二十七章:誘拐
午後になると、デイジーが、バンダロールで遊びながら、家に帰ってきました。いつものようにお父さんの作業場にいくと、驚いたことに、鍵がかかっていました。仕事が早く終わったのかなと思い、デイジーは、教科書をかかえたまま、家の扉を開けました。するとなんと、家の中はからっぽだったのです。家具も、壁の絵も、絨毯も、ランプも、ストーブまで、何もかもなくなっていました。
お父さん!と叫ぼうとしたその瞬間、何者かがデイジーの頭から袋をかぶせ、口をふさぎました。教科書とバンダロールが床に音をたてて散らばりました。デイジーは、もがきましたが、抱き上げられて家の外に、そして馬車の後ろに放り込まれました。
「声を出したら、お父さんを殺すぞ。」耳元で、荒々しい声がそう言いました。
デイジーはあきらめて静かになりました。
そして馬車が動き出しました。
角を曲がったところで、デイジーは、馬車が 「街中の街」から出ようとしているのがわかりました。そしてだんだん遠くなっていく市場や馬の音から、馬車がショーヴィルの郊外へと向かっているのもわかったのです。恐くてしかたがありませんでしたが、デイジーは、一生懸命、馬車がどっちに曲がるか、回りからどんな音が聞こえるか、どんな匂いがしてくるか、気持ちを集中していました。どこへ連れていかれるのか、少しでも覚えておきたかったからです。しばらくすると、馬車は石ころ道から出て、土の道を走り始めました。ショーヴィルの甘い香りが消えて、田舎の土と草の匂いが漂ってきました。
デイジーをさらったのは、プロッドという名の男でした。プロッドは、イッカボッグ特別防御軍の二等兵で、大きくて荒っぽい男でした。プロッドは、スピトルワースに、「ダブテイルの娘を始末せよ」と命じられたのです。プロッドは、それが、娘を殺せという意味だとわかっていました。
スピトルワースは、プロッドが喧嘩っ早くて、人を傷つけるのを何とも思わない男だと知っていて、そう命じたのです。けれども、田舎の林や森を走り抜けている間、デイジーを殺して埋めてしまう場所くらいいくらでもあったのに、プロッド二等兵の気持ちは、だんだんと変わってきたのです。
プロッドには、デイジーと同じ年くらいの姪っ子がいました。お気に入りの姪っ子です。デイジーの首をしめているところを想像すると、姪っ子ロージーが命乞いをしているように見えてしまうのです。プロッドは、森の中に入っていく代わりに、そのまま馬車を走らせ、デイジーをどうしたものかと考えていたのです。
かぶせられた袋の中は、バロンスタウンのソーセージとクルズブルグのチーズの匂いでいっぱいでした。どちらの街に連れていかれるのだろう、デイジーは思いました。どちらの街も、お父さんに連れてきてもらったことがあります。馬車がとまって、うまく逃げ出すことができれば、2日ほどでショーヴィルの街に帰ることができる、そう考えていました。
お父さんはどこに行ってしまったのだろう、どうして家が空っぽだったのだろう、そのことばかりが頭に浮かぶのですが、デイジーは、それを振り払って、馬車の行き先に気持ちを集中するのでした。帰り道がわからなくなっては大変だからです。
デイジーは、馬車が、バロンスタウンとクルズブルグの街をつないでいるフルーマ川の石橋を渡る音を、耳をすませて待っていましたが、その音は、しませんでした。プロッド二等兵は、街には入らず、そのままどんどん北へと走り続けたのです。デイジーをどうしようかと、ずっと考え続けていたからです。肉とチーズの匂いが、だんだんと薄らいでいき、あたりは暗くなってきました。
プロッド二等兵は、ジェロボームの郊外に住む、おばあさんのことを思い出しました。プロッド二等兵もジェロボームの出身だったのです。そのおばあさんは、グランターばあさんと呼ばれていました。ばあさんは、孤児を引き取って、1人につき、毎月1金貨で世話をしていたのです。グランターばあさんの家から逃げ出せた子供はひとりもいないと言われていました。それでプロッドは、デイジーをそこに連れていこうと決めたのです。デイジーが、ショーヴィルに逃げ戻りでもしたら、スピトルワースが、命令に背いた自分をひどい目にあわせるに違いなかったからです。
恐くて、寒くて、乗り心地も悪かったのですが、馬車に揺られて、デイジーは、しばらく眠ってしまいました。けれど突然、目を覚ましました。なんだか嫌な臭いが立ち込めていたからです。しばらくして、デイジーは思い出しました。その匂いは、時々おとうさんが飲んでいたワインの匂いだということを。そこは、デイジーが行ったことのない、ジェロボームの街に違いありませんでした。
袋の小さな穴から、夜明けの光が見えました。馬車は、しばらくすると石ころ道を走り出し、少しして、止まりました。デイジーは、急いで馬車のうしろから逃げ出そうとしましたが、すぐにプロッド二等兵につかまってしまいました。暴れるデイジーをかついだまま、プロッドは、グランターばあさんの扉をどんどんと叩いたのです。
「はいはい、今開けるよ。」甲高い声がしました。
たくさんの鍵とくさりをはずす音がして、銀の取っ手がついた杖によりかかった、グランターばあさんが顔を出しました。もちろん、まだ袋の中だったので、デイジーには何も見えません。「新入りを連れてきたよ、ばあさん、」プロッド二等兵は、もがいている袋を、グランターばあさんの家に運び入れました。そこには、ゆでたキャベツと、安物のワインの匂いが立ち込めていました。
さて、袋に入れられた子供が運び込まれてきたら、グランターばあさんは、さぞ驚いたにちがいない、そう思うでしょう?ところがそうではなかったのです。それまでにも、裏切り者の子供ということで、さらわれてきた子供が、何人かいました。どんな事情かなんて、ばあさんにはどうでもいいことでした。ひとりにつき、毎月1金貨、それさえ払ってもらえば何の文句もなかったのです。
ばあさんの古びたあばら屋に、子供たちを詰め込めるだけ詰め込めば、もっとワインを買える、ばあさんの関心は、それだけでした。ばあさんは手を差し出すと、しわがれ声で言いました、「新入り代として5金貨おくれ。」切羽詰まった事情だとわかると、ばあさんはいつも余分に請求したのでした。プロッドは、しぶしぶ5金貨を渡すと、何も言わずに立ち去りました。
グランターばあさんは扉をばたんと閉めて、たくさんの鍵とくさりをガチャガチャと閉めました。それを聞きながら、馬車に乗り込んだプロッドは、半月分の給料を使ってしまったけれど、これでデイジー・ダブテイルのことは片付いたと、ひと安心して、都に向かって帰り道を急ぎました。