本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第六十章:反乱
時々、どういう理由かはわかりませんが、遠く離れたところにいる人同士、お互いに気持ちが通じることがあります。花粉が風に乗って運ばれるように、考えていることも飛んでいくのかもしれません。それはどうあれ、宮殿の牢獄では、囚人たちにも、ついにその時が来たのです。みんな、マットレスや石の下、壁の裏などに、ナイフやノミ、分厚いフライパンやめん棒をこっそり隠していました。
ちょうどイッカボッグがクルズブルグに到着しようとする日の夜明けでした。お向かい合わせの牢屋にいたグッドフェロー大尉とダブテイルさんは、すでに目を覚まし、ベッドの端に緊張した面持ちで座っていました。その日は、命がけの脱獄を実行する日だったのです。
牢獄の何階か上の部屋では、スピトルワース公も早くに目を覚ましていました。今まさに脱獄が企てられていることも、正真正銘のイッカボッグが大勢のコルヌコピアの民衆に囲まれてショーヴィルの街のすぐそばまで来ていることも、まったく知らずに、顔を洗い、主任相談役の上着を着ると、厩舎の方へ向かいました。ここ一週間ほど、厩舎には鍵がかけられ、見張りが立っていました。
「どけ、」見張りの兵士にそう言うと、スピトルワースは扉の鍵を開けました。厩舎の中には、作り物の怪物、そしてそばには、疲れ切った様子の裁縫師と仕立て屋が待機していました。それは雄牛ほどの大きさで、がさがさの皮はトゲだらけでした。曲がった足にはするどい爪、口にはたくさんの牙、そして、恐ろしい目が琥珀色に光っていました。
裁縫師と仕立て屋は、スピトルワースが、その作り物を丹念に調べて回るのを、不安そうに見ていました。近くで見ると、縫い跡が見えましたし、目はガラスだとわかりました。トゲは、皮の裏から釘を刺しとおしたもので、爪や牙は、木に色を塗っただけのものでした。ちょっと突つけば、縫い目からおがくずがこぼれました。それでも、薄暗い厩舎の中で見るとなかなかの出来映えで、裁縫師と仕立て屋は、スピトルワースが、笑みを浮かべるのを見て、ほっとしたのでした。
「ロウソクの灯り程度なら、十分使えそうだな、」スピトルワースが言いました。「王様には、ずっと離れたところから見てもらえばいい。トゲと牙にはまだ毒があるということにしてな。」
使用人たちは、ほっとして顔を見合わせました。一週間ほど、朝から夜通し、働きづくめでした。これでようやく、家族が待つ家へ帰ることができるのです。
「お前たち、」スピトルワースが中庭で待機している見張りの兵士たちを呼びつけました、「この者たちを連れていけ。」一番若い裁縫師が叫び声を上げそうになるのを遮るようにスピトルワースが言いました、「もし声を上げたら、命はないぞ。」
イッカボッグを作り上げた使用人たちは、兵士たちに連れていかれ、スピトルワースは、口笛を吹きながら、王様の部屋がある上の階へと向かいました。そこには、シルクのパジャマを着て、ヒゲにはネットをかぶせた姿のフレッド王と、ダブった顎にナプキンを押し込んでいるフラプーンがいました。
「おはようございます、陛下!」スピトルワースがお辞儀をしました。「よくお休みになられましたか?今日は、陛下が驚く報せがあります。イッカボッグの剥製が出来上がったのです。早くご覧になりたいと思いまして。」
「それはすばらしいぞ、スピトルワース!」王様が言いました。「そのあと、国中で展示しよう、民衆に、我々がどんなものと戦っているか、見せるのだ。」
「それには賛成できませんな、陛下、」スピトルワースが言いました。明るい場所で見られたら、すぐに偽物だとばれてしまう事を恐れたのです。「民衆を怖がらせてしまうのはよくありません。陛下は勇敢なお方ですから、そのようなものを見ても平気で・・・」
スピトルワースが言い終わらないうちに、王様の部屋の扉が勢いよく開きました。飛び込んできたのは、汗だくで、狂気の目をした、いじめっ子ジョンでした。宮殿に向かう途中、一度ならず二度までも盗賊に襲われ、到着が遅れたのです。森の中で迷い、溝を飛び越えようとして馬から落ちてしまい、馬にも逃げられてしまったので、イッカボッグより、ほんの少し早く宮殿にたどりつくのがやっとでした。何が何だかわからず、台所の窓から無理やり中に押し入ったいじめっ子ジョンは、剣を引いたふたりの衛兵に、宮殿の中を追いかけまわされていたのでした。
フレッドは悲鳴を上げて、フラプーンのうしろに隠れました。スピトルワースは、短剣を抜いて、立ちはだかりました。
「イッカボッグが・・、」息を切らせ、がくりと膝をついて、いじめっ子ジョンが言いました。「本物の・・・生きてる・・イッカボッグが、こちらに向かってる・・何千人もいっしょに・・イッカボッグ・・本物の。」
スピトルワースは、当然、そんな話は、まったく信用しませんでした。「牢獄へ叩き込め!」衛兵に命じると、いじめっ子ジョンはもがきながら、引きずり出され、部屋の扉が閉まりました。「大変失礼いたしました、陛下、」まだ短剣を握ったまま、スピトルワースが言いました。「あの男は、鞭打ちの罰にいたします。あのような者を宮殿に入れてしまった衛兵も同様に・・」
と言い終わらぬうちに、またふたりの男が王様の部屋の扉を勢いよく開けて飛び込んできました。それは、スピトルワースが使っていたショーヴィルのスパイでした。北部から、イッカボッグが迫っていることを知って、報告に来たのですが、王様はその二人を見たこともなかったので、また大きな悲鳴を上げました。
「公爵・・さま、」息を切らせ、お辞儀をして、ひとりのスパイが言いました、「イッカボッグが・・こちらに・・向かっております!」
「たくさんの民衆も・・一緒・・です、」もうひとりが息を切らせて言いました、「本物のイッカボッグです!」
「偽物のイッカボッグなどおらんだろ!」スピトルワースが言いました。王様の前では、それ以上何も言えませんでした。「イッカボッグ特別防御軍に知らせろ、すぐに中庭に集合だ、怪物を退治するぞ!」
スピトルワースは、スパイたちを部屋から連れ出し、廊下の隅に追いやりました。ふたりがささやくのを王様に聞かれないようにするためでした。「公爵、本物なんです、しかも民衆が喜んでいるんです!」「私も見ました、公爵、この目で見たんです!」
スピトルワースは王様に聞こえるようにわざと大きな声で言いました、「その怪物も、今まで同様、退治するのだ!」それから聞こえないように言い足しました、「立ち去れ!」
しっかりと扉を閉めると、スピトルワースは、落ち着いたふりをして、テーブルに戻りました。フラプーンは、まだバロンスタウンのハムに食らいついていました。この騒動は、何かスピトルワースがたくらんだものに違いないと思っていたので、まったく怖がる様子もありませんでした。一方でフレッドは、恐怖のあまり、頭のてっぺんからつま先まで、ぶるぶる震えていました。
「昼のひなたに怪物が現れるとはどうしたことか、スピトルワース!」王様は泣きそうな声でした、「夜しか出ないと思っておったのに!」
「いや、まったく図太くなってきたものですな、陛下」スピトルワースが答えました。本物のイッカボッグとはいったい何なのか、想像もできませんでした。考えられるのは、誰かが偽の怪物を作り上げ、食べ物を盗むか、金貨を取り上げるか、そういうことを企んでいるのだろうということでした。どちらにしても、退治しなければなりませんでした。本物のイッカボッグはただひとつ、スピトルワースが考え出したイッカボッグだけのはずなのです。
「フラプーン、行くぞ・・怪物がショーヴィルに入る前に退治するのだ!」
「スピトルワース、お前は勇敢な男だ、」フレッド王が、かすれ声で言いました。
「何をおっしゃいますか、陛下、とうにおわかりでしょう。私はコルヌコピアのためならこの命を捧げる覚悟でございます。」
そう言ってスピトルワースが扉に手をかけたその時、またもやたくさんの足音がしました、今度は叫び声や物音があたりに響いていました。スピトルワースが、様子を確かめようと扉を開けました。
ぼろぼろの服を着た囚人の一団が、向かってきました。先頭には、斧を手にした、白髪のダブテイルさん、そしてたくましいグッドフェロー大尉は、衛兵から奪い取った銃を持っていました。そのすぐ後ろには、髪を振り乱し、分厚いフライパンを手にしたビーミッシュ夫人、そしてエスランダ令嬢に仕えていたミリセントは、めん棒を持っていました。
ぎりぎりのところでスピトルワースは、扉を閉じ、鍵をかけましたが、あっという間に、ダブテイルさんの斧が、扉をぶち破っていました。
「フラプーン、来い!」スピトルワースが叫ぶと、ふたりの公爵は、部屋を横切り、別の扉から中庭に続く階段へと急ぎました。
フレッドは、何がなんだかまったくわかりませんでした、宮殿の地下の牢獄に50人もの人々が閉じ込められていたことなど、知りもしなかったのです。ダブテイルさんがぶち壊した扉の穴の向こうに、怒り狂った囚人たちの顔が見えた途端、フレッドは飛び上がり、ふたりの公爵を追いかけました、が、自分たちのことしか考えていない公爵たちは、扉の向こうから鍵をかけていたのです。置き去りになったフレッド王は、パジャマ姿のまま、壁を背に立ち尽くし、脱獄した囚人たちが扉を破って部屋になだれ込んでくるのを、茫然と見ているだけでした。