本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第三章:主任裁縫師の死
ビーミッシュ家とダブテイル家は、「街中の街(まちなかのまち)」と呼ばれているところに住んでいました。
ショーヴィルには、フレッド王が暮らす宮殿がありましたが、宮殿の回りには、小さな家がたくさん建っていて、そこには、フレッド王に仕える職人や使用人が暮らしていたのです。
庭師、クック、仕立て屋、大工など、みんなが、広い宮殿の敷地の外を囲むように建っている、
「街中の街」に住んでいました。
宮殿の回りを囲んでいる「街中の街」の外は、高くて白い壁に囲まれていて、
昼の間は、ゲートが開いて、人々は行き来できるのですが、
夜になると、ゲートは、ぴったりと閉ざされて、
「街中の街」の人たちは、フレッド王と同じように、
王様の衛兵に守られて、眠りにつくことができたのでした。
バートのおとうさん、ビーミッシュ少佐は、王室衛兵隊の隊長でした。
ハンサムで陽気なビーミッシュ少佐は、濃い鉄灰色の馬に乗って、
毎日のように、フレッド王、スピトルワース公、フラプーン公の狩りのお供をしていました。
ビーミッシュ少佐は、フレッド王のお気に入りでした。
そして王様は、バートのおかあさん、バーサ・ビーミッシュのことも、
大変気に入っていました。
バーサ・ビーミッシュは、フレッド王の、おかかえ菓子職人だったからです。
バーサが持ち帰る、残り物のお菓子の食べ過ぎで、バートはいつも太り気味、
みんなから「バターボール」と呼ばれては、泣かされていました。
デイジー・ダブテイルは、バートと同い年で親友でした。
ふたりは、遊び友達というよりは、姉弟のような間柄でした。
デイジーは、やせっぽちでしたが、とても機敏で、バートがいじめられていると、
すばやく助けに入るのでした。
デイジーのお父さん、ダン・ダブテイルは、王様おかかえの大工で、
フレッド王の馬車の修理やら手入れを任されていました。
木彫りも上手だったので、宮殿に置く家具を作ったりもしていました。
デイジーのおかあさん、ドラ・ダブテイルは、宮殿の主任裁縫師でした。
フレッド王はおしゃれで、毎月、裁縫チームが新しい衣装を仕立てていました。
裁縫師も、大変名誉な職務なのでした。
そんな王様の高級な好みが、後々、この小さな国を大変なことに巻き込んでしまうきっかけとなったのです。
最初、「街中の街」でそれを知る人は、ほんの少しでした。
とってもかわいそうなそのお話は、こんな風に始まったのでした。
プルリタニアの王様がコルヌコピアに公式訪問することになりました。
フレッド王は、衣装を新調することにしました。
パープル地に、銀のレース、アメジストのボタン、そして袖には、グレイの毛皮があしらわれているものです。
フレッド王は、その日、主任裁縫師の体の具合がよくないことを聞いていました。
でも、あまり気にとめませんでした。
王様は、銀のレースを縫い付ける仕事は、デイジーのおかあさんにしかできないので、他の人がさわってはいけないと命じていたのです。
プルリタニアの王様の訪問に間に合うようにと、デイジーのおかあさんは、3日3晩、大急ぎでパープルのスーツをつくっていました。
そして4日目の朝、助手が仕事部屋に入ってくると、デイジーのおかあさんは、最後のひとつだったアメジストのボタンを握りしめたまま、床に倒れて、死んでしまっていたのです。
朝ごはんを食べていたフレッド王のところに相談役が来て、そのことを知らせました。
相談役は、ヘリングボーンという名の老人で、膝まで届くような銀のひげを生やした賢い人でした。
相談役は言いました。
「心配なさらなくとも、他の者が、ちゃんと最後のボタンを縫い付けるでしょうから」
フレッド王は、ヘリングボーンが、王を責めているような気がして、気に入りませんでした。
その日、仕上がったパープルのスーツを着せてもらいながら、フレッド王は、気まずい思いをやわらげたくて、スピトルワース公とフラプーン公に相談したのです。
「具合が悪いなら、そう言えばよかったのだ。そうすれば、誰かほかの者に命じたものを。」
スピトルワース公は答えました。
「王は何と優しいお方だ、それほどに心優しき王は、他におりませんぞ。」
フラプーン公もうなり声をあげました。
「その女は、はっきりと具合が悪いと言うべきだったのだ。命じられたことができないのは、王に対する裏切り、王の衣装に対する裏切りでしょう。」
「気になさることはない、無礼な裁縫師などに、今宵の華やかな宴を台無しにされてはなりません。」
ふたりの親友にそう言われても、フレッド王の心は晴れませんでした。
なんだかその日は、王のお気に入りのエスランダ令嬢も、深刻なおももちだったし、
召使の笑い顔も、メイドの態度も、なんとなく冷たく、嘘っぽく見えたのでした。
プルリタニアの王様をもてなす晩餐会が賑やかに行われる中で、
フレッド王は、何度も思い浮かべてしまうのでした。
最後のアメジストのボタンを握ったまま、床に倒れて死んでいたという主任裁縫師の姿を。
その夜、フレッド王が寝床につく前に、
主任相談役のヘリングボーンが寝室のドアを叩いて、王に尋ねました。
ダブテイル夫人のお葬式に、お花を贈られますかと。
フレッド王は、「もちろんだとも。大きな花輪を贈ってくれ、お悔やみもな。お前ならうまくできるだろう、ヘリングボーン?」
「勿論でございます。」主任相談役は答えた。
「それと、裁縫師の遺族を訪問されるご予定は? ご存じのように、あの者たちの家は、宮殿のゲートから少し行ったところでございます。」
「訪問?」王様は考えこむように言いました。
「いや、訪問はしたくない、というより、そんなことをしたら、家のものたちを驚かせてしまうだろう。」
しばしお互いを見つめあったあと、主任相談役は、お辞儀をして、立ち去りました。
いつもみんなに良く思われてばかりだったフレッド王は、主任相談役のしかめっ面が気に入りませんでした。気まずかった思いが、だんだんと怒りに変わっていったのです。
「なんとも残念なことだ。」王はひとりごとを言いました。
「だが、私はこの国の王で、彼女は裁縫師だ。もし私が死んでも、彼女だって・・・」
でも王は気づきました。
もし自分が死んでしまったら、コルヌコピアの国民はみな、何もかもを投げ出して、黒い喪服に身を包み、1週間、泣き続けるのだ、父親のリチャード王が亡くなったときにそうだったように。
「どちらにしても、どうしようもないことだ」王はいらいらしてそう言うと、
シルクの帽子をかぶって、ろうそくの灯を吹き消し、豪華なベッドにもぐりこんで眠りについたのでした。