本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第二十八章:グランターばあさん
玄関にきっちり鍵をかけると、グランターばあさんは、新入りの袋をはぎとりました。
突然の明るさに目をぱちぱちさせると、デイジーは、狭くて薄汚れた廊下にいることに気づきました。目の前には、真っ黒の服を着た、鼻のあたまに大きな茶色いイボのある、醜いおばあさんが立っていました。
「ジョン!」
デイジーをにらんだまま、ばあさんがしわがれ声で呼ぶと、奥からデイジーよりもずっと大きい男の子が、ぶっきらぼうな顔で、指をぽきぽき鳴らしながら出てきました。
「二階に上がって、ジェーンたちに、もうひとつマットレスを出すように言ってきな。」
「他のやつにやらせろよ、」ジョンがぼやきました、「まだ朝めし食ってないんだぜ。」
すると突然、グランターばあさんが、重い銀の取っ手がついた杖を男の子の頭めがけて振り下ろしました。すごい音がするかと思ったら、男の子は、慣れたそぶりで、その杖をかわしました。また指を鳴らしながら、「はいはい、わかりましたよ。」というと、ぎしぎしと階段を上がっていきました。
グランターばあさんは、デイジーのほうを向くと言いました、
「お前の名前は?」
「デイジー。」デイジーが答えました。
「違うよ、」グランターばあさんが言いました、「お前の名前はジェーンだ。」
グランターばあさんは、新入りの子供が来るといつもそうしていました。
女の子はジェーン、男の子はジョン、新しい名前を付けられた時に、その子がどういう反応をするかで、その子の性格がわかったのです。
どれくらい厳しくしつければ、言うことを聞くようになるのかということも。
まだ小さな子供は、言われるまま、ジョンとジェーンになりました。そして自分の本当の名前もすぐに忘れてしまいました。
家のない子や捨てられた子は、住む家があるなら名前が変わってもいいと思っていました。
けれどもたまに、そう簡単にはいかない子がいました。
グランターばあさんは、デイジーをひと目見て、この子もそのひとりだとわかったのです。
気のきつい自信たっぷりな顔つきをして、やせているけれど強そうなその新入りは、つなぎ服をきて、こぶしを握りしめて立っていました。
「私の名前は、」デイジーは言いました、
「デイジー・ダブテイルよ、かあさんの好きな花の名前をつけてもらったのよ。」
「お前の母親は死んだよ、」グランターばあさんが言いました。
いつもそう言って、子供に、もう逃げ帰る場所はないんだと思わせていたのです。
「そうよ、」どきどきしてデイジーは言いました、「私のおかあさんは死んじゃったのよ。」
「お前の父親もね、」グランターばあさんは言いました。
憎たらしいばあさんの姿が、ゆらゆらと見えました。デイジーは、きのうのお昼から何も食べずに、ひと晩中、怯えながら馬車に揺られていたのです。
それでも、落ち着いて、しっかりとした声で言いました、
「私のおとうさんは生きています。私の名前はデイジー・ダブテイル、そして私のおとうさんはショーヴィルに住んでいます。」
デイジーは、お父さんが生きていることを信じないわけにはいきませんでした。疑うことなんてできなかったのです。もしおとうさんが死んだりしたら、もう永遠に、何の希望もなくなってしまうからです。
「いいやちがう、」グランターばあさんは杖を振り上げて言いました、「お前の父親は死んじまった、そしてお前の名前はジェーン。」
「私の名前はー」デイジーがそう言いかけた時、グランターばあさんが、デイジーの頭めがけて勢いよく杖を振りつけてきました。
デイジーはさっきの男の子がやったように、うまくかわしました。でも、二回目が来たときは、思いっきり耳を叩かれて、横に飛ばされてしまいました。
「さあもう一度、」グランターばあさんは言いました、「繰り返しな、”私の父親は死にました、私の名前はジェーンです”。」
「いやよ!」デイジーが叫びました、そして今度は杖が飛んでくる前に、グランターばあさんの腕の下をくぐり抜け、家の奥へ走りました、裏口の扉には鍵がかかっていないかもしれない、そう思ったのです。
台所には、青白い、怯えた顔をした男の子と女の子がいて、汚い緑色のスープをボールによそっていました。そして扉には、同じようにたくさんの鍵とくさりがついていたのです。デイジーは振り返るとまた廊下に向かって走り、グランターばあさんを押しのけると、二階へ駆け上がっていきました。
そこには、 もっとたくさんの、青白い顔をした子供達が、掃除をしたり、ベッドにすり切れたシーツを敷いたりしていました。グランターばあさんは、デイジーのすぐうしろから、階段を上がってきました。
「言うんだよ、」グランターばあさんがうめきました、「私の父親は死にました。私の名前はジェーンですと。」
「私のおとうさんは生きています。そして私の名前はデイジー!」デイジーは叫びました、そして天井に、屋根裏部屋に通じる上げ蓋をみつけたのです。
デイジーは、そばにいた女の子からハタキを取り上げると、上げ蓋を押し開けました。すると縄ばしごが落ちてきました。デイジーはよじ登ると、グランターばあさんが上ってこられないように、縄ばしごをたぐり寄せ、上げ蓋をバタンと閉めました。
ばあさんの笑い声が聞こえました、ばあさんは、デイジーが出てこないように、上げ蓋の下で見張っているようにと、男の子に命じていました。
その家の子供達は、お互いを呼び合うとき、それぞれジョンとジェーンの前にあだ名を付け足していました。どのジョンやどのジェーンのことを言ってるのかわかりやすいようにするためです。
上げ蓋を見張っていたのは、デイジーが最初に廊下で出会った大きな男の子でした。その子のあだ名は、いつも小さい子をいじめてばかりいたので「いじめっ子ジョン」でした。
いじめっ子ジョンは、グランターばあさんの助手のようなもので、「屋根裏部屋をよく見てみな、飢え死にした子供の骸骨が転がってるぞ、」と言ってデイジーを怖がらせるのでした。
グランターばあさんの屋根裏部屋は天井が低かったので、デイジーは、ずっとしゃがんでいないといけませんでした。そして、とても汚かったのです。でも屋根には、小さな穴があって、そこから、お日様の光が差し込んできました。
デイジーは、体をくねらせてそこまで行くと、その穴にぴったりと目をくっつけてみました。そこからは、ジェロボームの街並みが見えました。ショーヴィルの真っ白な建物とは違って、そこは、暗い灰色の石でできた街でした。
下の通りには、酔っぱらいがふたり、ふらふらと歩きながら酒飲みの歌を歌っていました。
”一本だけじゃ、イッカボッグは嘘だ”
”二本飲んだら、吐息が聞こえる”
”もう一本飲めば、やってくるぞ”
”イッカボッグが来たぞ、やられる前にもう一本!”
デイジーは、それからそこに座って、その穴から外を眺めていました。
一時間ほどたったころ、グランターばあさんがやってきて、上げ蓋を杖でつつきました。
「お前の名前は何だ?」
「デイジー・ダブテイルよ!」デイジーが怒鳴りました。
それから一時間おきに、同じ問いかけが聞こえてきましたが、答えは同じでした。
それでも、時間がたつと、デイジーはだんだんとおなかがすきすぎて、くらくらしてきました。
「デイジー・ダブテイルよ!」と怒鳴りかえす声が、か細くなってきました。
そして、だんだんと陽が暮れて暗くなってくるのが、屋根裏部屋の、のぞき穴から見えたのです。
のどもからからでした。
このまま頑固にジェーンじゃないと言い続ければ、いじめっ子ジョンが言うとおり、
自分がこの屋根裏部屋の骸骨になってしまうかもしれない。
そして、次にグランターばあさんが上げ蓋を杖でつついて、名前は何だと聞いたとき、
デイジーは、「ジェーンです。」と答えたのです。
「お前の父親は生きてるのかい?」グランターばあさんが聞きました。
デイジーは、願いを込めて指を交差させると、
「いいえ。」と言いました。
「よろしい、」グランターばあさんはそういうと、上げ蓋をあけて縄ばしごを落とすと、
「降りてきなさい、ジェーン。」と言いました。
デイジーが下りてくると、ばあさんは、ぎゅっと耳をつねって言いました、
「生意気で嘘つきで汚らしい子に罰だよ。さあ行ってスープを飲んだら顔を洗ってさっさと寝な。」
デイジーは下に降りると、今までに食べたこともないほど不味い(マズい)キャベツスープを飲み干して、置いてあった脂ぎったバケツで食器を洗うと、二階に戻りました。
余分のマットレスが出してあった女子の部屋に、みんなの視線を浴びながらそっと忍び込むと、すり切れた毛布の下に潜り込みました。部屋がとても寒かったので、洋服は着たままでした。
ふと見ると、目の前に、デイジーと同じ年くらいの、頬がこけた、優しい青い目をした女の子がいました。
「ほとんどの子より長持ちしたね。」その子がささやきました。
その子には、デイジーが聞いたことのない訛りがありました。あとでわかったのですが、その女の子は、マーシュランドから来た子だったのです。
「何ていう名前?」デイジーはささやきました。「本当の名前は?」
女の子は、わすれな草のような青い大きな目でデイジーをじっと見ました、
「それは言っちゃだめなのよ。」
「ぜったい内緒にするから、」デイジーがまたささやきました。
女の子はデイジーを見つめました。
言ってくれないんだな、とデイジーが思ったその時、女の子がささやきました。
「マーサ。」
「はじめまして、マーサ、」デイジーがささやきました。
「私の名前はデイジー・ダブテイル、そして私のおとうさんは生きています。」