本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第四十八章:バートとデイジーの再会
グランターばあさんの孤児院にも、冬がやってきました。ボロをまとって、キャベツスープしか食べさせてもらえない子供たちは、たっぷり食べさせてもらえる子供たちに比べて、風邪や咳にもすぐ負けてしまうのでした。孤児院の裏にある小さな墓地には、食べ物も、ぬくもりも、愛情も与えてもらえなかったたくさんのジョンやジェーンが、本当の名前を知られることもなく、残った子供達に惜しまれて、埋められていきました。
子供達が次々と死んでいくので、グランターばあさんは、いじめっ子ジョンをジェロボームの街中に送りだして、できるだけたくさんの孤児を連れて帰ってくるようにと命じたのです。年に3回、調査官が来た時に、決まった数の子供がいないと、嘘の報告をしてお金をもらっていることになるからです。ばあさんは、小さな子供よりも、もっと体が丈夫で大きな子供を増やしたいと思っていました。
子供を預かってたくさんの金貨をもらっていたグランターばあさんの暮らしは、コルヌコピアの中でもいちばん豪華といえるほどでした。孤児院にあるばあさんの部屋は、いつも暖炉の火が燃えていて、ビロードの腰かけ椅子、分厚いシルクの絨毯、そして柔らかいウールの毛布。テーブルにはいつも高級な食べ物とワインが置かれていました。おなかをすかせた子供達は、バロンスタウンのパイとクルズブルグのチーズが、ばあさんの部屋に運び込まれる時だけ、ほんの少し、かすかな香りを味わうのでした。ばあさんは、今では調査官が来る時以外は、ほとんど部屋から出ず、子供達の管理は、すべて、いじめっ子ジョンに任せていました。
デイジー・ダブテイルは、連れてこられたふたりの少年には、見向きもしませんでした。どの新入りも同じ、汚れてみすぼらしい恰好だったし、デイジーとマーサは、小さな子供達の世話で忙しかったからです。いくらおなかがすいていても、自分たちよりも先に小さな子供達に食べさせてあげました。デイジーは青あざだらけでした。いじめっ子ジョンが小さな子を杖で殴ろうとすると、いつも間に入ってかばっていたからです。
デイジーが新入りのことを気にとめたとしたら、それは、何の抵抗もなくジョンと呼ばれることを受け入れた意気地のなさを軽蔑するくらいのものでした。デイジーはその時、少年たちが、本当の名前を誰にも知られずに済んだことにほっとしていたなんて知るわけもなかったのです。
バートとロデリックが孤児院に来てから一週間が過ぎた時、デイジーと親友のマーサは、ヘティー・ホプキンスの双子のために、こっそり誕生日パーティーを開きました。小さい子供達は、自分の誕生日がいつなのかも覚えていませんでした。デイジーは、ひとりひとりの誕生日を決めて、かならずお祝いしてあげることにしていました。たとえプレゼントが、多めによそったキャベツスープだけだったとしても。そして、デイジーとマーサは子供達に、自分の本当の名前を忘れちゃだめよと言って元気づけていました。もちろん、いじめっ子ジョンの前では、ジョンとジェーンでいるようにと言い聞かせていましたが。
その日、デイジーは双子のために特別のおやつを用意していました。数日前、グランターばあさんのところに届いた配達の中から、ショーヴィルの焼き菓子をふたつ、双子の誕生日のために、こっそりと盗んでおいたのです。焼き菓子の香りはたまらなくおいしそうで、食べたい思いを我慢するのはとても大変でした。
「うわあ、おいしそう。」小さな女の子は涙を浮かべて喜びました。
「おいしそう、」男の子も繰り返しました。
「このお菓子は、この国の都、ショーヴィルという街から来たのよ、」デイジーは説明しました。デイジーは、自分が子供のころに学校で習ったことや、子供達が一度も見たことのない街のことなど、できるだけたくさん教えてあげようと思っていました。
マーサも、クルズブルグ、バロンスタウン、そしてショーヴィルの話を聞くのが好きでした。マーシュランドとグランターばあさんの孤児院の他に、知ってる場所はなかったからです。
双子が、焼き菓子の最後のひとかけらを飲み込んだちょうどその時、いじめっ子ジョンが部屋に飛び込んできました。デイジーは、ほんの少しクリームがついたお皿を隠そうとしましたが、いじめっ子ジョンは、見逃しませんでした。
そして、「この野郎、」と、うなり声をあげると、杖を大きく振り上げてデイジーのほうに迫ってきました。「また盗んだな、醜いジェーン!」
デイジーめがけて振り下ろそうとしたとき、その杖が、突然空中で止まってしまいました。怒鳴り声を聞いたバートが、何事かと様子を見に来たのです。いじめっ子ジョンが、つなぎ服を着た、か細い女の子を部屋のすみっこに追い詰めているのを見て、バートは振り下ろされた杖を空中でつかんで止めたのです。
「やめろよ、」バートは低い声でいじめっ子ジョンを怒鳴りつけました。その時初めて、デイジーはその新入り少年のショーヴィル訛りに気づきました。でもそれがバートだとはわかりませんでした。ずいぶん大きくなって、顔立ちも大人っぽくなっていて、デイジーが知っているバートとは、ずいぶん違っていたからです。
バートも、この激しい目をした女の子がデイジーだとは夢にも思いませんでした。バートが覚えているデイジーは、日焼けして、茶色のおさげ髪をしたやせっぽちの女の子だったのです。
いじめっ子ジョンは、バートが握った杖を取り返そうとしました、でもそこでロデリックが助けに入ったのです。喧嘩はすぐに終わりました、子供達の前で初めて、いじめっ子ジョンが負けたのです。捨てセリフを吐きながら、くちびるから血を流して部屋から出て行ったいじめっ子ジョンのことは、あっという間に孤児院の噂になりました。新入りの少年ふたりが、デイジーと双子を救ったと、そしていじめっ子ジョンは、間抜け顔してしっぽを巻いて逃げてったと。
その日の夜、子供達が寝静まってから、バートとデイジーは、階段の踊り場ですれ違いました。ちょっとぎこちなく、ふたりは立ち止まり、言葉を交わしました。
「さっきはありがとう、」デイジーが言いました。
「どうってことないよ、」バートが言いました、「あいつ、いつもあんな風なの?」
「しょっちゅうね、」デイジーはちょっと肩をすぼめて答えました。「でも双子たちがおやつを食べられたから、ほんとうによかった。」
その時、バートは、何かデイジーの顔つきに懐かしいものを感じました、ショーヴィル訛りにも気づきました。そしてデイジーの、裾をつぎ足されて着古したつなぎ服に目をやりました。
「名前はなんていうの?」バートが尋ねました。
デイジーは、あたりを見回して誰も聞いていないことを確かめると、言いました、
「デイジーよ、でもいじめっ子ジョンの前では、ジェーンって呼んでね。」
「デイジー、」バートが息をのみました。
「デイジー、僕だよ!バート・ビーミッシュだよ!」
デイジーは一瞬ぽかんとしました。そして、ふたりは抱きしめあって、はしゃぎました、まるで、お日様に照らされた宮殿の中庭で遊んでいた、小さな子供の頃に戻ったかのように。
デイジーのお母さんがまだ生きていて、バートのお父さんがまだ生きていて、コルヌコピアの国が世界で一番幸せな場所だったあの頃に戻ったかのように。