本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第四十三章:バートと衛兵
テーブルに置いたロウソクが、ゆっくりと溶けて短くなっていきます。バートは、時計の針が回るのをじっと見ていました。お母さんはきっともうすぐ帰ってくる、そう言い聞かせていました。
もうすぐ家に入ってきて、つくろいかけのセーターを何事もなかったかのように手にとって、そして王様とどんな話をしたか聞かせてくれるんだ。
時計の針はどんどん速く動いているように思えました、でもバートにはどうすることもできません。
4分、3分、あと2分しかありません。
バートは立ち上がると窓のほうに向かい、暗い通りを先のほうまで見てみましたが、お母さんの姿はどこにもありません。
あっ!バートは、どきっとしました。何やら角のあたりで動いたのが見えました。お母さんだ!じきに月の光でお母さんの姿が見える、きっとバートが心配そうな顔をして窓からのぞいているのを見て、笑いかけてくれる。
ところが、次の瞬間、バートの心臓は、どっしりと重いレンガになっておなかを押しつぶしました。近づいてきたのは、お母さんではなく、ローチ少佐だったのです。少佐は、たいまつを手にしたイッカボッグ特別防御軍の兵士を4人引き連れていました。
バートは素早く窓から離れると、テーブルにあったセーターをつかみ、自分の部屋に飛び込むと、靴とお父さんのメダルを持って、窓をよじ登って外に出ると、そっと窓を閉めました。そして野菜畑に体を伏せたちょうどその時、ローチ少佐が正面の扉をたたく音がしたのです。そして、粗々しい声が聞こえました、「裏を調べてきます。」
バートは、一列に植えてあるビーツのうしろの地面に伏せると、金髪に土をこすりつけて、暗闇の中、じっとしていました。
閉じたまぶたの向こうに、光がちらちらするのが見えました。兵士が、たいまつを高く掲げて、バートが近所の裏庭を走って逃げていないか確かめていたのです。
でも、長い影が揺れるビーツの葉っぱのうしろに身を伏せているバートには気づきませんでした。
「こっちのほうからは逃げ出していないようです、」兵士が叫びました。
大きな音がしました、ローチが正面の扉をぶち破ったに違いありません。それから兵士たちが戸棚を開けたり、洋服ダンスを開けたりする音がしました。でもバートは身動きひとつせずに伏せたままでいました。まだ、閉じたまぶたの向こうに、たいまつの火が光っていたからです。
「母親が宮殿に行く前に、逃げ出したのかもしれませんね?」
「探し出せ!」聞きなれたローチ少佐の声が響きました。
「あいつはイッカボッグの最初の犠牲者の息子だ。バート・ビーミッシュが怪物は嘘だと話せば、民衆はみんな耳を傾ける。手分けして探せ、そんなに遠くへは行ってないはずだ。見つけだしたら、」
ビーミッシュ家の床を歩き回る兵士たちの重い足音が響く中、ローチは言いました、
「殺すのだ。筋書きはあとで考える。」
兵士たちが通りをあちこち走り回っている様子を聞きながら、バートはじっと伏せたままでいました。
すると頭の中で、落ち着いた声がしたのです:
今だ!
バートはお父さんのメダルを首にかけ、つくろいかけのセーターを着て、靴をつかむと、隣の塀のところまで、腹ばいのまま進みました。そして塀の下の土を掘りおこして抜け出したのです。それから腹ばいのまま、石畳の通りまで出ました。
あたりにはまだ兵士たちの声が響き渡っていました。近所の家の扉をたたき、菓子職人の息子、バート・ビーミッシュを見なかったか、と言って中を調べ回っていたのです。バートは、危険な裏切り者ということになっていました。
バートはまた土をつかむと顔中にこすりつけました。そして立ち上がると、低くかがんだまま、通りの向かいの玄関の暗がりまで突っ走りました。土まみれのバートは暗い扉の前でうまくカモフラージュされていたので、そばを走り抜けた兵士は、まったく気がつきませんでした。
兵士がいなくなると、バートは裸足のまま、靴を持って、玄関から玄関へと、物陰に隠れながら走りました、そして少しずつ「街中の街」の門に近づいていったのです。
門のそばまで来たとき、バートは、衛兵が見張っているのを見ました。どうしようかと考える間もなく、バートは「正義のリチャード王」の像のかげに身を潜めました。ローチと兵士が向かってきたからです。
「バート・ビーミッシュを見なかったか?」ふたりは、衛兵に向かって叫びました。
「あの、菓子職人の息子のことですか?」衛兵が尋ねました。
ローチは、衛兵の胸ぐらをつかむと、猟犬がウサギを振り回すように、ゆすりました。
「決まっているだろ、菓子職人の息子だ!ここを通したかと聞いているんだ、答えろ!」
「いいえ、通しておりません、」衛兵が答えました、「あの少年が、あなた達に追われるようなことをしたのですか?」
「あいつは裏切り者だ!」ローチが怒鳴りました。「助けようとするやつは、みんな私が撃ち殺す、わかったか?」
「わかりました、」衛兵が答えました。ローチは手を離すと、兵士を連れてその場を離れました。揺れるたいまつの火が、四方の壁を照らしながら、だんだんと暗闇の中に吸い込まれていきました。
バートは、衛兵が制服を正し、頭を振るのを見ていました。それから、少しためらいましたが、命の危険を覚悟で、出て行くことにしました。全身が土まみれでカモフラージュされていたので、衛兵は、バートが近づいてきても気づきませんでしたが、月の光に照らされたバートの白目を見て驚きの声を上げました。
「お願いです、」バートがささやきました、「お願いですから見逃してください。ここから出ないといけないのです。」
バートはセーターの下からお父さんの重たい銀のメダルを引っ張り出すと、土を払い落として衛兵に見せました。
「もしここを通してくださるなら、そして僕を見たことを誰にも言わないでくださるなら、これを差し上げます、本物の銀です!僕は裏切り者なんかじゃない、」バートは言いました、「僕は誰のことも裏切ってなんかいない、誓います。」
グレーの固いひげを生やした、年のいった衛兵は、土まみれのバートをほんの少し見ただけで、こう言いました、
「メダルは君が持っていなさい。」
そして門をほんの少し、バートがすり抜けられるくらいに開けました。
「ありがとうございます!」バートが息をのんで言いました。
「裏道を行きなさい、」衛兵はそう忠告しました、
「誰のことも信用しちゃいかん、気をつけてな。」