イッカボッグ・訳 by どら雲

JKローリング「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲:第38章

イッカボグ

 

本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。

本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。

(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。

「イッカボッグ」第三十八章:スピトルワース公爵の訪問

グランターばあさんは、コルヌコピアの中では珍しく、年々お金持ちになっていました。ばあさんは、家に子供や赤ちゃんをぎゅうぎゅうに押し込んでは、増築するから金貨をくれと、今では国を治めている二人の公爵に要求したのです。

孤児院は大繁盛でした。グランターばあさんは、もらった金貨で、お金持ちしか食べられないような美味しい食事をして、ジェロボームの最高級ワインを買いあさっていました。そして悲しいことに、グランターばあさんは、酔っぱらうと、ひどく乱暴になりました。孤児院の子供達は、ばあさんの酒癖のせいで、切り傷や青あざが絶えませんでした。

食事はキャベツスープだけで、ひどい扱いを受けていた子供達は日に日に弱っていきました。おなかをすかせた子供達が新しく入ってくる一方で、建物の裏にある小さな墓地も、どんどんいっぱいになっていきました。グランターばあさんは、おかまいなしでした。どのジョンもどのジェーンも、青ざめてやつれた顔で、ばあさんには同じに見えていたのです。子供達は、預かり料としてもらった金貨の値打ちしかないのでした。

スピトルワース公がコルヌコピアを治めるようになって7年目、グランターばあさんの孤児院が、また金貨を要求してきました。主任相談役は、金貨を支払う前に、孤児院を調査することにしました。

グランターばあさんは、黒のシルクのドレスを身に付けて、公爵を迎えました。そして吐く息がお酒臭くないように十分気を付けていました。

「かわいそうな子供達でございましょう?公爵様、」ばあさんが言いました。公爵は、香水を染み込ませたハンカチで鼻をふさいで、やせて青白い子供達を見回していました。グランターばあさんは、飢えでおなかがぽっこり腫れてしまった小さいマーシュランダーの子供を抱き上げて言いました、「ご覧ください、この子たちが、公爵様のお助けをどれほど必要としていることか。」

「わかった、わかった、」ハンカチで鼻をふさいだまま、スピトルワースが言いました。スピトルワースは、子供が嫌いでした。特にこういう薄汚れた子供たちの事が。けれどもコルヌコピアの人々は、バカバカしいほど子供好きが多かったので、あまりたくさん死なせるのはよくないと考えていたのです。

「よろしい、追加の支払いをしようではないか、グランターばあさん。」

そう言って帰りかけようとした時、公爵は、扉のそばに、顔色の悪い女の子が、両手に赤ん坊を抱いて立っているのに気づきました。女の子は、裾と袖を縫い足した、つぎはぎだらけの「つなぎ服」を着ていました。その子は、何か他の子供達とは違う雰囲気を持っていました。スピトルワースは、どこかで似たような顔を見たことがあるような不思議な気持ちになったのです。

その子は、他の子たちとは違って、主任相談役の立派な上着や、イッカボッグ特別防御隊の指揮官として自分が自分に授けたたくさんのメダルを見ても、まったく興味を示さない様子でした。

「名前は?」デイジーのそばで立ち止まり、ハンカチを降ろして、スピトルワースが尋ねました、

「ジェーンです、公爵様。ここでは、みんなジェーンと呼ばれているんです。」冷めた深刻そうな目つきでスピトルワースを見ながら、デイジーが答えました。

デイジーは覚えていました。ずいぶん前に宮殿の中庭で遊んでいたころ、スピトルワースとフラプーンが通りすがりに子供達を睨みつけるので、みんな怖くて黙り込んでしまったことを。

「なぜ膝まづかないのだ?私は王様の主任相談役だぞ。」

「主任相談役は、王様ではありませんから。」デイジーは言いました。

「その子が何かご無礼を?」グランターばあさんが、しわがれ声で、ひょこひょこと寄ってきました。デイジーが何か問題でも起こしたかと思ったのです。グランターばあさんは、預かっている子供達の中で、デイジー・ダブテイルを一番嫌っていました。グランターばあさんがどれだけきつくあたっても、心が折れてしまうことがなかったからです。

「何を言ってるんだい、醜いジェーン?」ばあさんが問いただしました。デイジーはこれっぽっちも醜くなかったのですが、グランターばあさんは、そういう呼び名をつけて、少しでもデイジーの心が折れるようにと企んでいたのです。

「なぜ膝まづかないのか理由を聞いていたのだ、」デイジーの深い瞳を睨んだまま、スピトルワースが言いました。どこでこの目を見たのだろうと、まだ思い出そうとしていたのです。

そうです、その目は、牢獄にいる大工の目と同じだったのです、でも、スピトルワースは、伸び放題の白髪とひげで、精神的にもおかしくなってきていたダブテイルさんと、目の前にいる、冷静で頭のよさそうな女の子を結びつけることができませんでした。

「醜いジェーンは、いつも生意気なんです、」グランターばあさんが言いました、心の中では、スピトルワース公が帰ったら、みっちりお仕置きしてやると考えていました。

「そのうち追い出してやろうと思ってるんですよ、ここで寝る場所とご飯にありつけることが、乞食するよりどれだけ有難い事か、思い知らせてやるんです。」

「キャベツスープが恋しくなるでしょうね、」デイジーが、冷たくてとげとげしい声で言いました。

「ご存じですか、公爵、私たちが朝昼晩とキャベツスープしか食べていないことを?」

「それは栄養満点だろうな。」スピトルワース公が言いました。

「たまに、孤児院ケーキという特別なおやつをもらうことがありますけどね、」デイジーが言いました、「どんなものか公爵はご存じですか?」

「いや、知らん、」思わずスピトルワースが答えてしまいました。この娘は何か違う、何なんだ?

デイジーはスピトルワースの目を見ながら続けました、「腐った材料で作るんです。腐った卵、かびのはえた粉、棚の奥に放りっぱなしだった残り物...。このあたりの人たちは、余分な食べ物がないから、いらなくなったものを混ぜ合わせて玄関に置いていくのよ。孤児院ケーキを食べて病気になる子もいるわ、でも、みんな食べちゃうのよ、おなかがすいているから。」

スピトルワースは、デイジーの話を聞いていませんでした。その訛りに耳を傾けていたのです。ジェロボームにきてずいぶんたつのですが、デイジーには、まだほんの少し、ショーヴィル訛りが残っていました。

「お前は、どこの出身だ?」スピトルワースが聞きました。他の子供達はみんな口を閉ざして、公爵がデイジーに話しかけるのを見ていました。グランターばあさんは、デイジーのことを嫌っていましたが、デイジーは、小さな子供達の間では人気者でした。デイジーが、いつもグランターばあさんや、いじめっ子ジョンから守ってくれるからです。他の大きな子たちのように、大切なパンの耳を取り上げたりしないからです。子供達のために、危険を承知でグランターばあさんの食糧庫からパンやチーズをこっそり持ってきてくれるからです。そして時々見つかって、いじめっ子ジョンにぶたれたのでした。

「コルヌコピアの出身です、」デイジーが言いました、「聞いたことがありませんか、貧しい人もおなかをすかせた人もいない国、今はもうありませんけど。」

「もうよい、」スピトルワース公が怒鳴りました、そしてグランターばあさんに、「あなたの言うとおり、この子は恩知らずだ。放り出して世の中の厳しさを味わわせてやるがいい。」

そう言うと、スピトルワース公は、扉をバタンと閉めると、孤児院をあとにしました。公爵が去るなり、グランターばあさんは、デイジーに向かって杖を振り上げました、でもデイジーはもう慣れっこだったので、うまくかわしてしまいました。ばあさんは、杖を振り回して子供達を散らしながら、足をひきずって自分だけの部屋に入ると、扉を思いっきり閉めました。そしてコルクを抜く音が聞こえたのでした。

その夜、みんなが寝床に入ったあと、マーサが突然デイジーに言いました、

「あのね、デイジー、あなたが主任相談役に言ったことはまちがってる。」

「どういう意味?」デイジーがささやきました。

「貧しい人もおなかをすかせた人もいなかったっていうのは嘘よ。マーシュランドで暮らしていた私の家族は、いつも貧しかったのよ。」

「ごめんね、」デイジーが静かに言いました、「忘れていた。」

「そうよね、」眠たそうにマーサがため息をつきました、「イッカボッグがいつも羊を盗んでいったのよ。」

デイジーは薄い毛布に潜り込んで体を温めました。ずいぶん長い間いっしょにいるけれど、イッカボッグなんていないと、マーサを説得することはできないでいました。でも今夜デイジーは、スピトルワース公の目に映し出された邪悪を認めるくらいなら、沼地に住んでいる怪物が本当だと認めることのほうがいいと思ったのでした。

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