本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第二十九章:ビーミッシュ夫人の心配
ショーヴィルの街では、ダブテイル一家が夜中の間に荷物をまとめて隣国のプルリタニアに引っ越していったという噂が広がっていました。スピトルワースが、そうしかけたのです。
デイジーの学校の先生が、クラスのみんなにそう説明し、キャンカビーが、宮殿の使用人みんなにそう知らせていました。
学校から帰って、バートは、ベッドに寝そべり、天井を見つめていました。
まだ小さくてデブッちょだった頃、みんなにバターボールと呼ばれていたこと、そしてデイジーが、いつもその子たちに立ち向かっていったこと。
宮殿の中庭で、喧嘩してしまった遠い日のこと。
そして、お誕生日の時、うっかり「天国の願い」を押し返してしまって、落としてしまった時のデイジーの顔。
それから、バートは、最近の休み時間のことを思うのでした。最初のうちは、ロデリック・ローチと仲良くなれたことがうれしかったのです。ロデリックはそれまでバートのことをいじめていたのに、今ではそれもなくなったからです。
でも、本当のことを言うと、バートはロデリックのすることを好きにはなれなかったのです。たとえば、野良犬をパチンコで撃ったり、生きたカエルをこっそり女の子のカバンに入れたりすることです。
そして、デイジーと遊んだ楽しい時間のことを思い出せば思い出すほど、今、ロデリックと一緒のときには、作り笑いで頬っぺたが痛くなることに気づいたのです。そして、デイジーと仲直りしようとしなかったことを後悔するのでした。
でももう遅いのです。デイジーはプルリタニアに行ってしまって、二度と会えないのです。
バートがベッドに寝そべっている間、ビーミッシュ夫人はひとりで台所に座っていました。そしてバートと同じくらい、申し訳なく感じていました。
ダブテイルさんがイッカボッグを信じていないということを、お皿洗い係に話してしまったことを、それ以来ずっと後悔していたのです。
でもあの時は、自分の夫が馬から落ちたのかもしれないなんて言われて腹が立っていたので、自分が、裏切り行為の告げ口をしているんだなんて、口から出てしまうまで気がつかなかったのです。そして出てしまったものは取り返しがつきません。夫人は、古くからの友達がまずいことになっては困るので、お皿洗いのメイベルに、決して誰にも言わないようにと頼んだのです。メイベルは言わないと約束してくれました。
そして、ほっとしたビーミッシュ夫人が、焼きあがった「乙女の夢」をオーブンから取り出そうと振り向いたとき、召使いのキャンカビーが、すみっこで、こそこそしているのを見たのです。
キャンカビーは、宮殿で働く使用人の間で、「こそこそと嗅ぎまわっては告げ口する」ことで有名でした。誰にも気づかれずに部屋に入ってきたり、鍵穴からのぞき見したりするのが得意なのです。
ビーミッシュ夫人は、キャンカビーが、どれくらいそこにいたのか、尋ねることはできませんでした。でも今、台所にひとりで座っていると、とんでもなく恐ろしい考えが胸をしめつけるのでした。
キャンカビーが、ダブテイルさんの裏切り行為のことをスピトルワースに告げ口したのではないか?ダブテイルさんは、プルリタニアに引っ越したのではなくて、牢獄に入れられたのではないか?
考えれば考えるほど、怖くなってきました。ビーミッシュ夫人は、バートに、夕方の散歩に出かけてくると告げると、急いで家を出ました。
通りではまだ子供達が遊んでいました。ビーミッシュ夫人は、子供達の間を抜けながら、「街中の街」と墓地の入り口の間にある、小さな家までやってきました。
部屋はまっくらで、仕事場にも鍵がかかっていました。正面玄関の扉をそっと押すと、鍵はかかっていませんでした。
家の中は、家具も壁にかかった絵も全部なくなって空っぽでした。ビーミッシュ夫人は、安心して大きなため息をつきました。ダブテイルさんが牢屋に入れられたのなら、家具をいっしょに持っていけるはずがない、やっぱり荷物をまとめて、デイジーといっしょにプルリタニアに引っ越したにちがいない。少し気持ちが楽になったビーミッシュ夫人は、「街中の街」を家に向かって歩きだしました。
通りの先のほうで、女の子たちが、歌いながら縄跳びをして遊んでいました。今では国中の遊び場で歌われている歌です。
”イッカボッグ、イッカボッグ、止まったらつかまるよ、
イッカボッグ、イッカボッグ、失敗するまで飛ぶんだよ
気配を感じても振り向くな
つかまってる少佐の名前はーー”
縄跳びを回していた女の子が、ビーミッシュ夫人に気づいて叫び声をあげると、持っていた縄跳びを落としてしまいました。振り向いた他の女の子たちは、そこにお菓子職人の姿を見て、みんな顔を赤くしました。ひとりは誤魔化し笑いをして、別のひとりは、泣き出してしまいました。
「いいのよ、」ビーミッシュ夫人は笑顔をつくって言いました、「もう気にしなくてもいいの。」
夫人が通り過ぎるまで、女の子たちはおとなしくしていました。その時突然、ビーミッシュ夫人がもう一度振り返って、縄跳びを落とした女の子を見たのです。
「どこで、」ビーミッシュ夫人は尋ねました、「その服を買ってもらったの?」
赤い顔をした女の子は、自分が着ている服を見て、それからビーミッシュ夫人を見上げました。
「おとうさんからもらったのよ、女の子は言いました、「きのうお仕事から帰ってきたとき、お父さんがくれたの。弟は、バンダロールをもらったのよ。」
しばらくその服を見つめていたビーミッシュ夫人は、ゆっくりとその場を離れ、家に向かって歩き出しました。勘違いだと、自分に言い聞かせていました。けれども、あの服は、デイジー・ダブテイルが以前身に着けていた服と同じものに違いなかったのです。
デイジーのお母さんが元気だったころ、デイジーの服は全部お母さんが作ってあげていたのです。お日様の黄色、そして衿と袖のところにデイジーの花の刺繍がしてあるあの服も。