本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第五十四章:イッカボッグの歌
イッカボッグが、いつものように、バグパイプを膨らませるときのような音をたてて息を吸い込んだちょうどその時、デイジーが話しかけました、
「ねえイッカボッグ、その歌、どこの言葉で歌っているの?」
イッカボッグは、すぐそばで声がしたので驚いた様子で、デイジーを見降ろしました。デイジーは、イッカボッグが答えはしないだろうと思っていましたが、なんと、ゆっくりと低い声がかえってきました。
「イッケリッシュ。」
「その歌は、何の歌なの?」
「イッカボッグの物語、そしてあなた達の物語。」
「人間っていう意味?」デイジーは尋ねました。
「そう、人間、」イッカボッグは答えました。「ふたつの物語はひとつの物語。なぜなら人間はイッカボッグからの生まれ来るだから。」
そう言って、また歌おうと息を吸いこんだところで、デイジーが尋ねました、
「”生まれ来る”ってどういう意味?”生まれる”と同じ意味?」
「違う、」デイジーを見降ろして、イッカボッグは言いました、「生まれ来るというのは、生まれるとは全然違う。新しいイッカボッグはそうやって誕生する。」
すぐそばにいるイッカボッグはそれはそれは大きかったので、デイジーは、油断しないように、気を使って話しました、
「なんとなく、”生まれる”と似ているような気もするけど。」
「でも違う、」低い声でイッカボッグは言いました。「”生まれる”と”生まれ来る”は全然違うこと。赤ん坊が生まれ来る、そして産んだ親は死ぬ。」
「いつも?」デイジーが尋ねました。イッカボッグは、話しながら、知らず知らずのうちにおなかをさすっていました。
「いつも、」イッカボッグが答えました。「それがイッカボッグ。人間みたいに子供といっしょに暮らすのは、とても変なこと。」
「でもそんなの悲しいわ、」デイジーがゆっくりと言いました。「子供を産んですぐに死んじゃうなんて。」
「全然悲しくない、」イッカボッグが言いました。「生まれ来ることは素晴らしいこと!私たちは生まれ来ることのために生きている。赤ん坊が生まれ来るとき、何をして何を感じているかで、赤ん坊の性質が決まる。うまく生まれ来ることがとても大切。」
「わからないわ、」デイジーが言いました。
「もし私が悲しんで失望して死んだら、」イッカボッグが説明しました。「私の赤ん坊は生き残れない。仲間のイッカボッグはひとりずつ、絶望して死んだ、そして赤ん坊もすぐに死んでしまった。イッカボッグは希望なしでは生きられない。私は最後のイッカボッグ。私の生まれ来るは、歴史の中でも一番重要、なぜなら、私の生まれ来るがうまくいけば、イッカボッグは生き残る、うまくいかなければ、イッカボッグは永遠にいなくなる。」
「災いの始まりは、ひとつの悪い生まれ来るだった。」
「あなたの歌は、そのことを歌っているの?」デイジーが尋ねました。「悪い生まれ来るのことを?」
イッカボッグは、暮れていく雪の沼地をみつめたまま、うなづきました。そして、またバグパイプのように息をすると、歌い始めました。今度は、人間にわかる言葉で歌いました。
********
時の始まり、イッカボッグだけが暮らしていた。
冷たく無情な人間はまだいなかった。
すばらしい世界、天国のようだった。
誰にも追われず、誰にも傷つけられず、
あの遠い愛しき日々
おーイッカボッグ、生まれ来る、生まれ来る、私のイッカボッグ。
おーイッカボッグ、生まれ来る、生まれ来る、私の赤ん坊。
悲劇は起こった、嵐の夜、苦しみと恐怖に生まれ来る、
苦しみはそんなにも強く大きく、違うものが生まれ来る。
声は粗く、意地は悪く、誰も見たことのないものが生まれ来る。
だから追われた、みんなに追われた、怒りの拳と火の風で
おーイッカボッグ、知恵を持って生まれ来る、知恵を持って生まれ来る、私のイッカボッグ。
おーイッカボッグ、知恵を持って生まれ来る、知恵を持って生まれ来る、私の赤ん坊。
千マイルも遠く、ふるさとから遠く、
たったひとりで生まれ来る、
暗闇の中、苦しみが朽ち果て、
憎しみが生まれた
毛の無いイッカボッグ、復讐に燃えて
血に飢えたイッカボッグ、
遥か彼方を見る邪悪な目。
おーイッカボッグ、優しさを持って生まれ来る、優しさを持って生まれ来る、私のイッカボッグ。
おーイッカボッグ、優しさを持って生まれ来る、優しさを持って生まれ来る、私の赤ん坊。
そして憎しみが人間を産んだ
わたしたちから人間が産まれた
苦しみと憎しみが大きく膨れて
軍隊となって、立ち向かった、私たちを倒すため。
何百何千、イッカボッグは殺された
私たちの血が、雨のようにこの地を流れた
私たちの祖先はみな倒された。
それでも人間はまだ襲ってきた。
おーイッカボッグ、勇ましく生まれ来る、勇ましく生まれ来る、私のイッカボッグ。
おーイッカボッグ、勇ましく生まれ来る、勇ましく生まれ来る、私の赤ん坊。
人間は私たちを陽の当たる家から追い出し
草原から追い出し、泥と石へと
終わりのない霧と雨
わたしたちは追いやられ、滅んでいった、
そして残ったのはわたしだけ
槍と銃から生き延びた
また始まりの子供達
憎しみと怒りに燃えて
おーイッカボッグ、人を殺すため、人を殺すため、私のイッカボッグ。
おーイッカボッグ、人を殺すため、人を殺すため、私の赤ん坊。
********
歌が終わると、デイジーとイッカボッグはしばらくそこに黙って座っていました。空には星が出ていました。デイジーは月をみつめたまま言いました。
「ねえイッカボッグ、いままでに何人の人間を食べたの?」
イッカボッグがため息をつきました。
「ひとりも食べてない、今のところは。イッカボッグはキノコが好きだから。」
「生まれ来る時がきたら、私たちを食べるつもりなの?」デイジーが尋ねました。
「イッカボッグは人間を食べるものなんだって赤ん坊に思わせるために?人殺しになってほしいのね、国を取り戻すために?」
イッカボッグはデイジーを見降ろしました。答えづらそうに見えましたが、ようやく、その大きな毛むくじゃらの頭でうなづきました。
デイジーとイッカボッグのうしろにいた、バート、マーサ、そしてロデリックの怯えた顔が、消えかかった焚火の光に映し出されました。
「いちばん愛する人を失うのがどういうことか私はわかるわ、」デイジーは静かに話しました。「私のお母さんは死んじゃった、そしてお父さんはどこかに行ってしまったの。お父さんがいなくなってから、ずいぶん長い間、私はお父さんがまだ生きているって信じようとしたわ、だってそうでなきゃ、私も死んでしまうと思ったからよ。」
デイジーは立ち上がって、イッカボッグの悲しそうな目を見つめました。
「人間も、イッカボッグと同じくらい希望が必要だと思うの、でも、」
胸に手をあててデイジーは言いました。「私のお母さんとお父さんは、まだここにいるの、これからもずっと。だからイッカボッグ、私を食べる時、心臓は最後に食べてね。お母さんとお父さんに、できるだけ長く生きていてほしいの。」
デイジーはそう言って洞窟の奥に戻ると、四人の人間はまた、焚火のそばの羊の毛の寝床につきました。
しばらくして、眠りに落ちていく中で、デイジーは、イッカボッグのすすり泣く声を聞いたような気がしました。