本文中の挿絵は、子供たちからの応募作品の中から掲載させて頂きました。内容は抜かしているところもたくさんあり、荒っぽい訳なので、本が出版されたら、みなさん、ぜひ本物を楽しんでくださいね。
本の目次と登場人物の紹介は、「JKローリング新作「イッカボッグ」を訳してみた by どら雲」をご覧ください。
(注)この記事内のカタカナ表記を含む表現文字は「どら雲」独自のもので、正式表記とは異なりますのでご了承ください。
「イッカボッグ」第四十六章:ロデリック・ローチの事情
その言葉に、バートはさぞ震えあがったと思うでしょう、でも実は、その声を聞いて、バートはほっとしたのです。それが誰の声なのかすぐにわかったからです。
両手を上げたり、命乞いすることもなく、バートはくるりと振り返ると、そこに立っていたロデリック・ローチをじっと見ました。
「なんで笑ってんだよ?」バートの汚れた顔を見つめながら、ロデリックが不満そうに言いました。
「だって君が僕のこと刺すわけないからさ、ロディ、」バートは静かに答えました。
剣を持っていたのはロデリックのほうでしたが、バートには、自分よりもロデリックのほうが、ずっと怖がっているのがわかりました。ロデリックは、パジャマの上にコートをはおって、震えていました。そして足を包んだボロ布には、血が滲んでいました。
「その恰好でショーヴィルからここまで歩いてきたのかい?」バートが尋ねました。
「関係ないだろ!」ロデリックは、強がって言い返しましたが、歯はカタカタ音を立てていました。
「裏切り者め!お前を捕まえるぞ、ビーミッシュ!」
「捕まえるもんか、」バートがそう言って、ロデリックの手から剣を取り上げたとたん、ロデリックは声を上げて、泣き出しました。
「来いよ、」バートは優しくそういうと、ロデリックの肩に手を回して、そばの路地へ連れていきました。指名手配のポスターはまだそこで、風にはためいていました。
「離せよ、」泣きながらバートの手を振り払うと、ロデリックが言いました、「離せって言ってんだ、全部お前のせいなんだ!」
「僕のせい?」ワインの空瓶でいっぱいになったゴミ箱のところまで来てふたりは立ち止まりました。
「お前が俺の父さんから逃げたからだ!」袖で涙をぬぐいながらロデリックが言いました。
「そりゃそうだよ、」バートは当然という顔をして言いました、「でなきゃ殺されるところだったんだぞ。」
「でも・・それで、だから父さんは・・殺されたんだ!」ロデリックが泣きながら言いました。
「ローチ少佐が死んだ?」驚いてバートが言いました、「どういうこと?」
「スピ・・スピトルワース、」涙で声を詰まらせてロデリックが答えました、「やつが、やつが兵士を連れて、うちに来て、誰もお前のこと見つけられなくて、それで、やつは、父さんがお前を捕まえられなかったって、かんかんに怒って、それで、兵士の銃をとって、それで、父さんを・・・」
ロデリックはゴミ箱に座り込むと泣きじゃくりました。冷たい風が路地を通り抜けました。
バートは知ったのです、スピトルワースがいかに残忍な人物かということを。自分に仕える衛兵軍の隊長を殺してしまうような人です。だれひとりとして安心などしていられません。
「どうして僕がジェロボームにいるってわかったの?」バートは尋ねました。
「キャ、キャンカビーだよ、宮殿の。5金貨を渡して聞いたんだ。そしたら、お前の母さんが、ここでいとこが居酒屋をやってるって話していたのを覚えていたんだ。」
「キャンカビーはみんなに言いふらしたのかな?」バートは不安になりました。
「相当言いふらしただろうな、たぶん。」パジャマの袖で涙を拭きながらロデリックが言いました。「あいつはお金のためなら何でも言うからな。」
「君がそんなこと言うとはね、」バートは腹が立ってきました、「君だって僕のことを100金貨で売ろうとしたんだろ!」
「俺は、俺は金貨なんか欲しくない、」ロデリックが言いました。「俺、俺の、母さんと弟たちのためだ。お前を捕まえたら、みんなを返して、もらえるかと思って。スピトルワースが、奴が連れてった。俺は、部屋の窓から逃げたんだ、だからパジャマのままなんだ。」
「僕も部屋の窓から逃げたんだよ、」バートが言いました、「少なくとも僕は靴を持つのをわすれなかったけどね。さあ行こう、ここから出たほうがいいよ、」ロデリックの手を引っぱって立たせました。「どこかの物干しから靴下を盗まなきゃな。」
ところが、一歩踏み出すか出さないかのところで、うしろから男の声がしました。
「手をあげろ!お前たち、俺について来るんだ!」
ふたりの少年が、手をあげて振り返ると、汚れた、意地の悪い顔をした男が、物陰から現れ、ふたりにライフルを向けていました。その男は制服を着ておらず、バートもロデリックも見たことのない顔でした。でも、デイジー・ダブテイルなら迷わずふたりに言ったでしょう、その男は、グランターばあさんの手先、今では一人前の男になった、いじめっ子ジョンだと。
いじめっ子ジョンは、何歩か近づくと、目を細めて、二人の少年を見ると言いました、「よし、お前らならいいだろう、その剣をよこせ。」
ライフルを突き付けられて、バートは仕方なく剣を渡しました、でもそれほど恐怖を感じてはいませんでした、なぜなら、バートは、(フラプーンが何と言ったにせよ)とても頭のいい少年だったからです。
この薄汚れた男は、今、自分が100金貨の値打ちがある逃亡者を捕まえたとは、気づいてもいない様子だったからです。とにかくどんな少年でもいいから探していたというように思えたのです、なぜ探していたのかは、わかりませんでしたが。
一方、ロデリックのほうは、死人のように青ざめていました。ロデリックは、スピトルワースが、国中にスパイを置いているのを知っていました。きっと自分たちは捕まって主任相談役のところに連れていかれる、そしてロデリック・ローチは、裏切り者の共犯者として、死刑になるのだと思い込んでいました。
「歩け、」無愛想な顔の男は、ふたりに、路地から出るようにとライフルで指図しました。背中に銃を突きつけられて、バートとロデリックは、ジェロボームの暗い通りを歩き、グランターばあさんの孤児院の前に着いたのです。