ときとーく

2020 オリンピックが浮き彫りにしたアスリートの現状

オリンピックメダル

トップアスリートが、続々と声を上げ始めた

トップアスリートの実情、メンタルケアやメディア対応などについては、今に始まったことではありませんが、最近になって、続々とトップアスリートの方々が、声を上げ始めました。

プロテニスプレイヤーの大坂なおみさんが、自身のメンタルケアを理由にフレンチオープン出場を辞退、その後、米タイムマガジンの表紙を飾り、インタビューで、

'It's O.K. to not be O.K. and it's O.K. to talk about it' 「大丈夫じゃなくても大丈夫、それについて話したって大丈夫と発言したことが話題になりました。

2020年東京オリンピックでは、米女子体操チームのホープ、ベテランのシモン・バイルズさんが、団体決勝参戦中に棄権、さらに個人総合決勝戦の欠場を表明。

’I Need to Call It' 「これが私の決断」という意味の会見を行いました。

勇気を振り絞ってというよりは、もう限界に達している「心の悲鳴」とも感じられる声に、多くのトップアスリートたちが共鳴し、サポートの声を上げています。

後戻りできない深みにはまってしまったスポーツ業界

経済、特にアメリカでは、スポーツという媒体が大きな経済効果をもたらす歯車のひとつであり、その恩恵に預かっている諸団体にしてみれば、その歯車を止めたり外したりすることに、大きな抵抗を感じるのは当然のことでしょう。

けれども、それがアスリートの「健全なる心と体を維持するため」と言われれば、表立って反論することはできません。

そもそも、こんなになるまで、利益追求最優先路線を突っ走ってきてしまったスポーツ界に一石を投じるには、相当でかい石でなければ、あっという間に、あるいはジワジワと知らないうちに、もみ消されてしまいます。

いったい私達は、スポーツという世界をどこまでモンスターにすれば気がすむのでしょう。スポーツに限らず、お金絡みには必ずまとわりつく不条理な暗黒の舞台裏、何も知らずに飛び込んでくる若きアスリートたちは、ただただ、その晴れ舞台に立つことを夢見て、日々自身を鍛え、弱さを克服し、栄光に向けて手を伸ばすのです。

観客席から見物する私達は、その華やかな姿に魅了され、いつしか演者たちを、その舞台ごとひっくるめて、単なる商品として楽しむようになってしまったのではないでしょうか。マネーメイカーである歯車がどんどん大きくなり、どんどん速度を上げていることに気づこうともせずに、

もっと、もっと、もっと楽しませてくれ!と煽っているのではないでしょうか。

歯車

わたしたちにできることは何なのか・アスリートのこれからのために

私達がスポーツ観戦を楽しむとき、好きな選手やチームが勝つことを望んで応援するのはもちろんですが、同時に私達は、自分たちにはできない超人的なことを成し遂げるプレイヤーたちに、自分の夢や希望を投影しているのかもしれません。

プレイヤーたちの勝利は自分の勝利、プレイヤーたちの栄光は自分の栄光。そして、彼らの敗北は、自分の敗北でもある。だから負けるのは辛いし悔しい。プレイヤーのミスはもちろん、何らかのスキャンダルでも発覚しようものなら、裏切りにあったように激怒する。

極端な話かもしれませんが、大なり小なり、私達は、アスリートやスポーツそのものを過大評価し、期待しすぎている、依存しすぎている、そういう傾向がなきにしもあらずと感じるのです。

今回のオリンピックが追い風となって、動き出した船は更に勢いをつけることでしょう。これから益々多くのアスリートたちが、自分たちを取り巻く現状、苦難、そして今後のありかたをオープンに発信し、問題提起していくことでしょう。

その声を真摯に受け止め、理解しようと努め、いかなる超人的なスターも、ひとりの人間であることを忘れず、その人生を尊重し、応援する、そうすることで、少しずつでも、スポーツ界は変わっていくのかもしれません。

スポーツとは、一定のルールにのっとって競い合い、健全なる心身、そして精神的充足をもたらすために、すべての人が、その適正や志向に応じて、自由に楽しむことができるものである。

スポーツに関わるすべての人々は、この原点を見失ってはいけないと思っています。

1ファンとしてスポーツを観戦する立場にいる人間も、そのエキサイティングなパフォーマンスから興奮や励ましや癒しををもらうと同時に、ひとりひとりのアスリートたちの強さも弱さもひっくるめて、その道のりを見守り、応援させてもらっているのだというスタンスを保つことができればと望みます。

スポーツ観戦

 

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